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世界は村上春樹をどう読むか
- 世界は村上春樹をどう読むか
- 柴田 元幸 (編集), 藤井 省三 (編集), 沼野 充義 (編集), 四方田 犬彦 (編集), 国際交流基金
- 文藝春秋 (2006/10)
村上春樹の作品について感想を書いたり好きだと言うことは、なんだか気恥ずかしかったりします。何故なんだろうと思いながら、この各国翻訳者が一堂に集った村上春樹シンポジウムの記録を読みました。訳者の方々の談話より、最近お気に入りのアメリカ作家リチャード・パワーズが、どんな講演をしたのか、彼は村上春樹をどう読んでいるのか、が知りたかったんです。
パワーズは最新の脳科学の概念をもちいて、わかり易い言葉で、村上文学が何故世界で読まれているのかを解析しています。(冒頭に、「モンゴル人は『羊をめぐる冒険』を自分たちでなければ理解できない作品、と言っている」との話がでていました。どんなふうに読んでるのか不思議で。)
「ミラーリングするニューロン」。共感する仕組みをパワーズはそう言っています。サルの実験から科学的に分析したり、小説技術の側面から文学青年っぽく語っています。自分なりに解釈すると、誰しも脳の片隅には虚構の世界があり、その部分に村上作品は入ってくる。閉じた世界であっても、共通する虚構の場でミラーリング、写しあっている、繋がりあっている。違うかもしれないけど、そんな感じに受け取りました。
村上作品に気恥ずかしさを感じるのは、その「虚構の世界」に関係しているからなのかもしれません。小説の読まれ方は読者の数だけありますが、村上春樹の作品はとことん違っていて、でもどうしようもなく同じ部分があるのだろうと思いました。
キッドナップ・ツアー
- キッドナップ・ツアー
- 角田 光代 (著)
- 新潮社 (2003/06)
夏休みの始め、別居中の父親に誘拐された小学生のハル。だけどそれは、”誘拐”という名目の親子貧乏旅行だった、というお話。安宿めざして何キロも歩いたり、錆びだらけの自転車に二人乗りして進んだり。ダメ親父と喧嘩したり、知らない男の子にタメ口きいたり。そんな旅を続けているうちに、日に焼けて薄汚れた自分を、ハルはカッコいいと思うようになる。
何故誘拐劇を仕組んだのか、身代金は何だったのか、その辺りの謎は残されたままです。というか、どうでもいいディティールなのでしょう。旅の様子はわかるわかる感があって楽しかったし、ひと夏の子供の成長は微笑ましかったです。
この作品は、文字も大きめで、漢字もひらかれています。小学生の一人称なので、子供にも読みやすい本じゃないかと思います。
銀齢の果て
- 銀齢の果て
- 筒井 康隆 (著)
- 新潮社 (2008/7/29)
お爺ちゃんお婆ちゃん達が殺し合う、シルバー・バトルロワイヤル。シニカル・コメディに描かれていて、単純におもしろがって読みました。便秘のお婆ちゃんの死にざまは、なかなかに印象的で。
闇の子供たち
- 闇の子供たち
- 梁 石日 (著)
- 幻冬舎 (2004/04)
この作品は、フィクション、のはず。なのに小説を利用した暴露本のように見えたんですよね。宣伝に問題があったと思うし、作者の”ペンは剣よりも強し”的な妙な正義感を感じたからかもしれません。フィクションだからって何を書いてもかまわない、とは思わないし、なんていうか、もう少し他国を尊重する気持ちとかあってもいいんじゃないかと。
ガラテイア2.2
- ガラテイア2.2
- リチャード パワーズ (著)
- みすず書房 (2001/12)
難しいけど、優しい小説。理解するためにはたくさんの文学の知識が必要ですが、頭ではなく感情で読んでいい小説のようです。人間を肯定的にとらえ、物語と言葉に敬意をはらう。この作品は、古くさいかもしれないけど、自分の大好きな小説のあり方だったりします。
作者を思わせる作家の”僕”が主人公。右往左往を経て古巣の大学に戻り、人工知能「ヘレン」に文学を教えることとなる、というのが大きなあらすじ。並行して、過去と現在の恋愛物語を描いたり、自叙伝的な小説への取り組みが描かれています。
”物語”と対峙する姿勢が、泣けてくるほど純粋です。恥ずかしいくらい素直に作者自身の気持ちを書いたのではないかと思います。作家”僕”の一人称なので、多少ナルシストが入ってる文章にも見えますが、それもセンチでかわいいし美的でもあります。
パワーズは初めて読みました。ずっとポストモダン的な作家だとばかり思っていましたが、この作品はぜんぜん違いました。普遍的な物語、です。




